トピックス


小目次

                  ◆碁会所の動向           
                  ◆スターブル藤崎住民大学・囲碁講座の活動      
                 ◆「和」通信                          
                 ◆囲碁の町平塚に小碁盤普及事業             
                 ◆国際インターネット囲碁大会・前夜祭           
                 ◆朝日新聞掲載「囲碁風土記」 神奈川県の巻     
                 ◆加持さん ご逝去                     
編集局







碁会所の動向

○秦野囲碁同好会移転
 場所: 小田急線秦野駅徒歩5分 秦野市本町1-11-10 首藤ビル3F
 電話: 0463−83−0323

○日本棋院湘南支部 移転 
 場所: 鎌倉市大船1−26−33片岡ビル3F 「囲碁サロン光」内 JR大船駅東口徒歩3分
 電話0467−42−1668(甲斐寿子支部長)

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スターブル藤崎住民大学・囲碁講座の活動 

平成14年4月より、文部科学省のゆとり教育の一環として、学校が週5日になった。これを受け、川崎区にある『スターブル藤崎』(マンション)では平山重松氏を中心に「ゆとり教育とは何ぞや」の議論が起き、集会所を利用して「日本の伝統文化である囲碁を子供に教えては」、と衆議一決した。以来6年目を迎え、毎土曜日9時30分から11時30分まで実に286回教室を開催するに至った。現在の生徒は、川崎・横浜から幼・小・中の生徒23名が在籍している。講師は川崎市内の『老人憩いの家』の愛好者によるボランティアで、現在16名が在籍。

この間、文化庁指導の『財団法人・伝統文化活性化国民協会』に助成を受け、『川崎市民公益活動助成』や、『川崎ライオンズクラブ』からも賛助を得ている。この活動は近隣の学校の知るところとなり、『宮前小』『向小』には年間を通じた指導、『川中島小』には夏期講座、更に『富士見中』には囲碁部が設立されるまでに至った。3月3日には、マイケル・レドモンド九段を講師として、学校囲碁指導員講習会が同会場で開かれ、72名が参加。43名が学校囲碁指導員証を取得した。

しかし、必ずしも良いことばかりでもない。受講の子供たちは中学生になると部活があると言い、小学生でも仲間同士の関係?から止めていく生徒もいる。特に母親の意見が強く反映するようで、その点は残念なことである。(どんなお稽古や練習にもある話、乗り越えて頑張って下さい)

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「和」通信

大和市にある囲碁くらぶ「和」(なごみ)(046‐273‐4055)ではユニークな会報を発行している。お客様との絆を深める大変良いお手本と思われるので紹介する。

一年に1回ではあるが、カラー刷り、上質紙のA4版8ページに及ぶ立派なものである。内容は、巻頭言・千無川の湧水とコーヒーの話題・第1回トーナメント大会の様子・第13回開所記念囲碁大会の様子・3人の少年達の熱心な研究風景・女性の「萌会」囲碁大会と書道の活動・持ち点ランキング60・囲碁大会の年間記録・昇段昇級などの他、お客様からの趣味の世界(介護と短歌)・鎌倉写真展に入選・ブナ林散策のお勧め・人国記(長野県の巻)等々に加え、広告まで入った本格的なもの。碁会所経営者の皆様、お客様とのコミュニケーション紙を発行されては如何ですか。

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囲碁の町平塚に小碁盤普及事業

囲碁入門講座の一助にと、耐震補強に取り組む『平塚・暮らしと耐震協議会』と社会福祉法人『進和学園』は、建築端材を活用した小路盤(6路・9路)の普及事業を立ち上げ、平塚全域の授産施設に連携を広げようとしている。工務店で建設端材を提供し、障害者が線を引き碁石を小分けして、囲碁テキストと耐震資料をセットの上、授産収入とする仕組み。耐震協議会はこの碁盤セットを使って、囲碁入門講座を開催することを計画しており、平塚市と日本棋院も後援する予定。

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国際インターネット囲碁大会・前夜祭

横須賀市制100周年並びにYRP(横須賀リサーチパーク)10周年を記念して、7月21日、YRP一番館ホールで行われた。
この試合は横須賀市、上海市、釜山市、メルボルン市の4都市をインターネットで結んで行われる。対局の模様は3台の大型スクリーンにライブで映し出すという、今までの囲碁大会では考えられないような超近代的な方式である。それを、解説武宮正樹九段、聞き手梅沢由香里女流棋聖という豪華キャストで進めていく。チームの選手構成は、小中学生各1名、女性1名、一般4名で構成される7名の団体戦である。結果は1回戦が、横須賀2対5上海、釜山5対2メルボルン、2回戦が横須賀1対6メルボルン、釜山5対2上海であった。

これに先立ち20日に行われた前夜祭には200人以上の観戦者が詰めかけ、椅子を増設しても立見席が出るほどの盛況であった。
早めに会場に入ると、設営に汗を流すスタッフの姿が目に飛び込んできた。三浦半島少年少女囲碁連盟佐藤平八会長、横須賀囲碁連盟山口雄三会長、南横須賀支部梶原俊男支部長をはじめとするスタッフが揃いのジャンパーを着て、会場の隅々まで床を這いずり、壁によじ登るようにして配線、機器のチェックなどを行っている。こんな努力があるから、これだけ豪華な超近代的な催しができるのだ。

先ず公開対局。梅沢女流棋聖に、「かなり強い囲碁好家」と評判の高い蒲谷亮一横須賀市長が5子で挑戦。ルールは梅沢プロが持ち時間5分・一手30秒の秒読み、蒲谷市長が30分・60秒。その上、蒲谷市長は3回まで会場からアドバイスを受けられる特典つき。対局の進行は、左右の大型スクリーンに映し出される。この仕組みは日本棋院のインターネット対局『幽玄の間』のソフトを転用したもので、右のスクリーンに実際の進行状況、左側のスクリーンに変化などを武宮九段が解説していくという、真に斬新な進め方である。(実際の対局は碁盤で、入力は記録係が、解説や変化は又別の記録係が行う)この公開対局のやり方を見ていると、旧態依然とした大盤解説などは、最早ダサイと感じてしまう。

対局は蒲谷市長が終始優勢に進行したが、たった一手、少し得をしようとして大石が切断され、黒の10目負けとなった。しかし、強い人ならではのミスで、会場からは「市長強し」の声が聞かれた。公開対局が終わると武宮九段の揮毫入り碁盤のオークションなどで、またまた大いに盛り上がった。

前夜祭の締めは、会場を隣のレストランに移しての立食パーティー。公開対局を観戦した人は殆ど帰らず、両プロとの記念撮影会やサイン会で、大満足の前夜祭だった。(詳細は、インターネット『横須賀囲碁連盟』で検索のうえご覧下さい)

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朝日新聞掲載「囲碁風土記」 神奈川県の巻

10月30日付の朝日新聞夕刊(全国版)に神奈川県の囲碁風土記が掲載された。神奈川県の囲碁史や現状を知る上で、大変貴重な記事であるので、概要を紹介する。

先ず書き出しは、"戦後の囲碁界を担った大山脈・木谷一門の本拠、木谷道場があったのは平塚市。秀行塾を主宰する藤沢秀行名誉棋聖は横浜市の出身。かっての「アマ4強」、菊地康郎さんと原田実さんも神奈川県にゆかりが深い。脈々と息づいているのは「育てる気風」である"、とスタートする。
木谷道場は戦前の1937年に開設された。借地に立てた道場は45年に戦災で焼失。戦後再開し増築を重ねた家屋は4棟にのぼる。その間輩出した俊英は、大竹英雄名誉碁聖、石田芳夫九段、加藤正夫名誉王座、武宮正樹九段、小林光一九段、趙治勲十段ら、名人や本因坊になった強豪がずらり。

道場跡は取り壊されマンションになったが、96年に平塚市博物館が開催した特別展が全国的に反響を呼び、市は囲碁文化振興を掲げるようになった。今年10月の「湘南ひらつか囲碁まつり」は12回。全国から8千人が訪れた。一門の棋士による商店街の指導碁は千面打ちに拡大した。囲碁振興に携わる市文化行政推進室の多田博幸室長は「行事だけでなく子供に囲碁を広めるのが大切」と、公民館での囲碁教室の補助にも力を入れる。

プロの顔ぶれは多彩だ。石倉昇九段は横浜市生まれの東大卒で、銀行員からプロに転向した。アマの指導に熱心でテレビ講座の多い小島高穂九段、高木祥一九段も横浜市出身。女流タイトルも取った青木喜久代八段、小山栄美五段はともに藤沢育ち。
アマでは、東京で緑星学園を主宰し、山下敬吾棋聖等幾多の俊英を育てた元アマ名人の菊地さん。10代半ばから10数年横浜に住み、戦後アマ囲碁界黎明期に前進の緑星学園率いた。元アマ名人の原田さんは藤沢市に住み、若手の育成に奔走する。
神奈川は今年4月に県内16の団体を統合した神奈川囲碁連盟が誕生した。同連盟の常任理事兼事務局長の山本正さんは自負する。「日本棋院におぶさったままで活力を欠きがちな、各県のモデルになればいいと思います」。(詳細は「神奈川県囲碁連盟の誕生」をご覧下さい)

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加持さん ご逝去

神奈川県囲碁連盟常任理事、加持晋吾さんが亡くなられました。66歳という余りにも早すぎるご逝去でした。

加持さんは長い間元神奈川県囲碁連合会事務局長として活躍して来られました。トップクラスの方は、「神奈川十傑選」「朝日アマ十傑戦」などで、女性の方は「県女流大会」で、横浜市の方々は「18区対抗戦」などで加持さんのお世話になられたことと思います。加持さんのお人柄は誠実そのもの、大会の事前準備はもとより、当日の進行も水も漏らさぬ運営振りで、誰からも信頼されていました。加持さんが書かれた達筆のトーナメント表は、それは見事なものでした。

5月に行われた「朝日アマ名人戦」では、闘病中であるにもかかわらず進行を勤められ、ご挨拶の最後に「いろいろ行き届かないところがありまして‥‥」と絶句されました。暫くの静寂の後、一斉に選手から拍手が沸き起こりました。加持さんが囲碁ファンからいかに信頼され感謝されていたかを雄弁に物語る出来事でした。元神奈川県囲碁連合会も、新たに発足した神奈川県囲碁連盟と大同団結し、加持さんは新連盟の常任理事として、活躍を開始されたばかりのところでした。

本当に惜しい方を亡くしました。謹んでご冥福をお祈りいたします。 

合 掌

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