日中共同製作の囲碁シネマ「東京に来たばかり」試写会を観て          

尖閣問題などとは全く無縁の、人間同士の心の繋がりの感動的ドラマでした!!

はじめに
 2011年6月上旬、日中国交正常化40周年記念の一環として企画された映画「東京に来たばかり」へのエキストラ出演依頼が神奈川囲碁連盟に突然舞い込んできました。東日本大震災から間もなくだったので、貴重な明るいニュースでした。急遽、3日ほどで30数名の出演賛同者を集めることができ対応できました。エキストラの皆さん、倍賞千恵子さんのラストシーンに一緒に出演できて感動されたようです。このことは、当ページの「囲碁映画エキストラ出演」でご紹介いたしました。

 公開は2012年春と聞いていましたので、エキストラの皆さん楽しみにしていたのですが、その後の一連の尖閣諸島問題などのためか、公開されませんでした。最近では、記憶の彼方に遠ざかってしまい、すっかり忘れていました。そんな最中、これも突然に、一通の試写会への案内の葉書()が筆者(編集者)に届き、感動が蘇ってきました。

 公開は11月9日のようです。既に、インターネットでも関連ページが見えます。
日本語版公式サイト----facebook、ツイッター併設
中国では既に公開されているようです  

 試写会は京橋テアトル試写室で行われれました。筆者は10月4日(金)午前10時からの試写会を観ました。試写室は、こじんまりしていて、招待者も20名ほどで、きれいなパンフレットチラシ(裏、表は葉書と同じ)も用意されていました。以下、ラストシーンでエキストラの皆さんがどう映っているか期待と不安でどきどきしながら観た後の、記憶に鮮明に残っている感想のみを記述しました。

感想
 日中国交正常化40周年記念なので、さぞかし、重厚壮大な作品なのだろうと想定していました。ところが、出だしは、東京に来たばかりの中国青年の吉流(チン・ハオ)が碁石を落としてしまい、偶然通りかかった、籠の上に段ボールの箱を乗せて重い足取りで歩く「かつぎ屋」の老婆、五十嵐君江(倍賞千恵子)がこれに気づき、籠を降ろして石拾いを手伝うシーンから始まります。筆者の想定は、一気に気持ちよく覆えされました。ジャン・チンミン監督の心憎いほどの演出に、後のストーリへの期待感が膨らみました。

 ジャン・チンミン監督は、五十嵐を通して言たいことを伝えているようです。吉流は、五十嵐の孫の祥一(中泉英雄)が囲碁が強いのにプロ棋士になるのを途中で止めてしまっているの知って、祥一は囲碁が強いことを五十嵐に告げた時、「人間、誰もそれぞれの生き方がある」と言わせ、また、祥一が恋人の奈菜子(チャン・チュンニン)の美容院をチンピラ.・グループから守るためにチンピラの一人を刺し殺してしまい、自らも致命傷を負ってしまいました。この時、奈菜子が心配して五十嵐に助けを求めても、「誰もあの子を救えない、あの子を救えるのは自分だけ」と言わせています。しかし、見えないところで五十嵐は暖かい支援の手を差し伸べています。

 千葉県の東京湾沿いの市原市五井町から太平洋側の夷隅(いすみ)郡大原町までの間を小湊鉄道いすみ鉄道とが上総中野駅を中継点にして連絡しており、上総中野駅は丁度分水嶺近くに位置しています。人口が少ないので、共にワン・ボックスのオレンジ色のディーゼルカーが緑豊かな田園や山間をのんびり走っています。五十嵐は、いすみ鉄道に乗って、仲間の女性のかつぎ屋さんたちと東京に野菜や山菜を届けます。
 たまたま、筆者は中学校まで、上総中野駅から4つ手前の月崎駅近くに住んでいたので、小湊鉄道にもかつぎ屋さんがたくさん乗っていたのを覚えています。五十嵐の乗るディーゼルカーの行き先や駅名を覚えていて、この映画が身近なものに感じられました。この意味では、東京のシーンでも知っている街角や建物がたくさんありました。

 吉流がアルバイトをしているカプセルホテルのフロントには内藤美加(ティエン・ユエン)がいて、吉流は好意をもちます。内藤美加も奈菜子も魅力的な中国女性が演じています。

 吉流は、五十嵐の支えもあって関東アマチュア囲碁選手権大会に出場しましたが、惜しくも決勝で負けました。大会の会場が伝統芸術の格式ある建物(こしがや能楽堂)の中で行われているのが面白く、日本人にはいささか違和感があるものの囲碁と伝統芸術とのコラボという意味で今後注目されると思います。逆に、中国人に日本文化の紹介例として格好のシーンになっていると思います。
 特に、日本文化の紹介の意味の田舎のお祭りの壮大なシーンは、多くの人たちの協力が得られないと撮影できないので、その大へんな苦労は容易に想像できます。

 日本棋院の故加藤正夫理事長(当時)の名前が出てきたり、関東アマチュア囲碁選手権大会決勝戦のTV解説を日本棋院の武宮陽光五段が行っていたり、また、五十嵐が市ヶ谷の日本棋院の囲碁殿堂資料館を訪問し、そこで吉流と再会するシーンなど、日本棋院の協力が随所に見えました。

 映画は、ほどよいスピードというより、ややテンポよく展開されるので、スロー生活に慣れている筆者にはついて行けないところもありました。感動的な映画なので、もう一度観て確認したい気持ちにもなりました。

 いよいよ、ラストシーンになりました。たくさんのエキストラが対局している厳かな会場(横浜市開港記念館)に五十嵐が杖をついて静々と入ってきます。誰かがこれに気づき声をあげると、エキストラの人たちは次々と立ち上がり、五十嵐は中央壇上に掲げられている大盤の前まで進み、棋譜を思い出深く凝視するところで映画は終わります。
 この棋譜は、当日、大森広文さん(現事務局長)が覚えていた確かなものを急遽並べたものです。何人かのエキストラの方の姿が見えましたので、ささやかな我々の貢献も報われたと感じました。
 エンドロールのエキストラ欄には神奈川囲碁連盟と日本棋院神奈川県支部連合会の名前がしっかり入っていました。ありがとうございました。

取材・編集後記
 観終って、ジャン・チンミン監督の作品のすばらしさに感動しました。この映画の脚本は同監督が書かれています。同監督は92年に来日、日本で映画を学び、緒方直人主演の映画「線上に咲く花」やテレビドラマなど数々の作品を手掛け、日本文化に精通しています。このため、倍賞千恵子、チン・ハオをはじめとする俳優陣や、囲碁、かつぎ屋、大都市東京、千葉の田舎風景などの素材をうまく使って、人間の生き方を感動的に掘り下げています。

 日中国交正常化40周年記念の日中共同製作という枠組みの中では、得てして重厚壮大さを求めたり、日中友好を謳い上げたりしがちですが、それらは微塵も感じられず、個性的な作品になっています。同監督の訴えたかったことは、必ずしも囲碁を介する必要もなく、サッカーでもよかったかもしれません。同監督は、国や人種を超えて普遍的な、人間同士の絆の大切さを伝えたかったのだと思います。

 公開が大幅に遅れたのは、尖閣諸島などの日中間の諸問題に影響を受けたであろうことは想像に難くなく、逆に、同監督の今回の作品が日中間の諸問題を超越しているところにすばらしさがあります。このことは、国家間、民族間などの交流に文化やスポーツの果たす役割が非常に大きいことを示しています。

 終わりに、感動的映画ですので、是非ご覧になってみてください。

ps韓国でも、2014年に公開予定の囲碁の映画「神の手」が製作されているようです。どんな映画になるのか期待しましょう。

取材・編集> 梶原俊男 (県囲碁連盟)