コンピュータ囲碁がプロ棋士に挑戦           

九路盤ガチンコ対決、第2弾!!

はじめに
 蘇八段大橋拓文五段、および一力遼二段の若いプロ棋士3人が参加する標記イベントが、多くのコンピュータ囲碁ファンの注目する中、電気通信大学(UEC: University of Electro-Communications)で行われました。

 本イベントは、エンターテインメントと認知科学ステーション(代表; 伊藤毅志同大学助教)の主催によるものです。3月に同大学で行われたモンテカルロ法という手法で作成されているコンピュータ囲碁プログラムZen(開発者; 加藤英樹氏、尾島陽児氏)とプロ棋士との対局において、Zenは、十九路盤で武宮正樹九段との5子局、4子局に勝ち、九路盤では橋本拓文五段に互先で1勝1敗という輝かしい成果を収めました。その
活躍はテレビや新聞などで報道され注目を浴びました。その後、6月に、同大学と日本棋院は囲碁文化の発展と新しい総合コミュニケーション科学の展開を目指して提携いたしました。今回の九路盤ガチンコ対決はこの流れの延長にあります。

 ()Zenについては、日本棋院の月刊誌「碁ワールド」6月号の特集に紹介されています。また、同8月号からは、Zenとプロ棋士の9路盤研究として、大橋拓文五段の「ナインサイエンス」の連載が始まっています。

日時
 2012年11月25日(日) 10:00〜17:00

場所
@ 対局場所
 〒182-8585東京都調布市調布ヶ丘1-5-1
 国立大学法人 電気通信大学 西9号館3階 AVホール
A キャンパスの様子
 ガチンコ対決は、同大学の学園祭「調布祭」のイベントの一つでもありました。晩秋のキャンパスには支援大学の模擬店などがたくさん並び、男女学生でいっぱいでした。
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大学正門から見る学園祭
のゲート。
模擬店が並ぶキャンパス
内のメインストリート。
銀杏と松のコントラスト。

主催
 電気通信大学 エンターテイメントと認知科学研究ステーション(E&C研究センター、代表: 伊藤毅志助教)

協力
 東進ハイスクール/東進衛星予備校
 
後援
 公益財団法人 日本棋院

動画放送
 ドワンゴ社ニコニコ動画により生放送が行われました。

対局環境、対局条件など

@ ネットワーク構成
 開発者の加藤英樹氏宅に複数台のコンピュータが並列に接続され、Zenはこれらの並列マシン上で走行します。対局室に置かれたパソコンと並列マシンとの間はインターネットで結ばれています。
A Zenの設定
 Zenは、序盤に布石を打つモードと打たないモードを選択できます。今回は九路盤対局なので布石を打たないモードが選択されました。
B 対局条件
計算し易いように中国ルールで対局します。中国ルールではハンデキャップは7.5目ですが、黒に負担が大きいので、7目とし、持碁ありで行われました。
持ち時間は20分、切れたら30秒。

会場の様子
 臨場感を感じていただこうと、会場で交わされた主な会話の流れに沿ってご紹介いたします。速記メモを基にしていますので若干の聞き取りミス、重要なもれなどあると思いますのでご理解のほどお願いいたします。ご参考までにご覧ください。
(1)オープニング
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ご挨拶される伊藤先生。 左から加藤氏、一力二段、大橋五段、蘇八段、紹介される伊藤先生。
立会人の中村先生、松
原先生、紹介されれる伊藤先生。
会場入り口には、認知科学による囲碁・将棋の新刊が並べられていました。囲碁の本を購入しました。

<伊藤毅志先生>----司会、電気通信大学・情報工学科助教、E&C研究ステーション代表
 今日は、「〜九路盤ガチンコ対決〜第2弾」のイベントにご参加いただきましてありがとうございました。3月の武宮九段、大橋五段との対局後、Zenも改良されています。どのように強くなっているか今日の対局が注目されます。みなさんをご紹介いたします。
<蘇耀国八段>
 初めての体験です。大橋五段の棋譜を見ました、Zenはプロレベルです。こんなに強いとは知りませんでした。準備していないので自分の碁を打ちます。負けても仕方ないです。
<大橋拓文五段>
 3月に対局した時よりバージョンアップしていると思います。怖いけど、楽しみです。一力君と一緒に練習対局し、練習では勝ち越しています。
<一力遼二段>
 練習ではよかったのですが、本番は分かりません。精一杯頑張ります。
<加藤英樹氏>----開発者の一人
 練習して今日は少しレベルアップしていると思います。勝率はサーバ台数にも依存します。
<松原仁先生>----立会人、はこだて未来大学教授
 Zenのその後の進歩が見られるのが嬉しいです。
<中村貞吾先生>----立会人、九州工業大学准教授
 9路盤ではプロ級になっています。10年後の囲碁が心配です。

----ここで、一力二段、加藤氏、松原先生、中村先生は対局室へ----

<伊藤先生>
 東信ハイスクール様の協力が得られ、6月には日本棋院様と提携し、5年間継続してプロ対局が可能となりました。今後の予定は、来年3月16日、17日の第6回UEC杯コンピュータ囲碁大会の優勝、準優勝ソフトが、3月20日(日)に24世本因坊秀芳と3子局で対局する予定です。また、シンポジウムも予定しています。

(2)対局の様子
@各プロ棋士の1局目の写真

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(写真左)一力二段 vs Zenの対局を解説される大
橋五段、蘇八段。(写真右)加藤氏、一力二段を交え
ての感想戦。
(写真左)大橋五段 vs Zenの対局を解説される一
力二段、蘇八段。(写真右)加藤氏、大橋五段を交え
ての感想戦。
(写真左)蘇八段vsZenの対局を解説される一力
二段、大橋五段。(写真右)加藤氏、蘇八段を交えて
の感想戦。
A棋譜と主なコメント
スケジュール 勝敗 対局 勝敗 棋譜とコメント
10:00−10:20 開会挨拶(対局者紹介、コンピュータ紹介)
10:20−11:10 第1局 一力 遼二段 vs Zen × 棋譜1
11:10−12:00 第2局 大橋拓文五段 vs Zen × 棋譜2
12:00−13:00 昼食休憩
13:00−13:50 第3局 蘇 耀国八段 vs Zen × 棋譜3
13:50−14:40 第4局 一力 遼二段 vs Zen × 棋譜4
14:40−15:30 第5局 大橋拓文五段 vs Zen × 棋譜5
15:30−16:20 第6局 蘇 耀国八段 vs Zen × 棋譜6
16:20−17:00 感想戦、プロ棋士による総評、閉会
棋譜は、E&C研究ステーションより公表されているページを参照して掲載しています。

(3)エンディングの様子
 
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出演者全員によるエンディングです。
<伊藤先生>
 プロ棋士6勝で終了しました。プロの先生はじめ、みなさんに感想などいただきたと思います。
<蘇八段>
 私の最後の対局は危なかったです。6回勝てたのは一局目の一力君のお蔭で、コウなど難しくするとZenがミスしてくれそうだというヒントが得られました。
<加藤氏>
 プロの作戦勝ちでした。コウなどマシンパワー不足で正解が出ない面がありました。プロは練習と本番は違います、一発で見抜くのは流石プロです。
<大橋五段>
 6勝は予想より良いです。予想はプロの4−2か3−3でした。内容は逆転が多かったです。コンピュータの傾向を掴めたのがが大きかったと思います。

----ここで、会場からの質問が求められ、「今日の結果を十九路盤に反映することはありますか」の質問がありました----

<蘇八段、一力二段>
 
九路盤と十九路盤では打ち方が全然違います。
<加藤氏>
 プログラマーから見ても同様ですが、相互に反映させているところもあります。細かいヨミは同じです。
<伊藤先生>
 
今日は、コンピュータは序盤に強く、終盤に弱かったようです。
<加藤氏>
 
初手、天元に打ったら
布石はないに等しいです。
<蘇八段>

 
今日は、より難しく打ち、コウに持っいくように打ちました。普通に打ったら負けます。
<大橋五段>
 私も複雑な手を選びました。
<一力二段>
 一局目は石塔しぼりにしてくれたので逆転につながりました。
<中村先生>
 一局目で、黒番の一力さんが長考されていたので白行けるかなと思ったけど残念でした。次回はもっと頑張ってほしいです。
<松原先生>
 Zenはアマ相手なら勝てるが、プロには難しくされています。コンピュータの限界もあるが、第3回ガチンコではリベンジしてほしいですね。
<伊藤先生>
 以上で、今日のガチンコ対決を終わります。ご参加ありはとうございました。Zenは武宮九段、台湾の周九段にそれぞれ4子で勝っているので、3月の本因坊秀芳との対局は3子になるかもしれません。どうぞお楽しみに。

Zenの開発と実力
 
Zenの開発経緯はここにあります。加藤英樹と尾島陽児の両氏は、Zenの開発で囲碁ジャーナリスト賞を受賞されています。
 Zenの実力の主な
例は以下です。現在、世界トップクラスです。
(1)プロ対局
2012年11月25日 蘇耀国八段、大橋拓文五段、一力遼二段に九路盤、互先でそれぞれ2回打ち、6戦全敗
2012年3月17日 十九路盤で武宮正樹九段に5子局、4子局で勝つ。大橋拓文五段に九路盤、互先で1勝1敗
2012年2月 十三路盤で、二十四世本因坊秀芳に先で負ける
2011年 鄭銘コウ九段に6子で勝つ
2011年 台湾の周俊勲九段に6子で勝つ
2009年 UEC杯エキビジョンで青葉かおり四段に6子で勝つ 

(2)UEC杯
2011年 第5回 優勝----参加したコンピュータ28大会で25回優勝、名実ともに世界一 
2010年 第4回 準優勝
2009年 第3回 3位

(3)その他
2009年5月 スペインで行われたコンピュータゲームオリンピックで十九路盤で初参加初優勝

取材・編集後記
 今回の九路盤ガチンコ対決は、若いプロ棋士たちの6戦全勝で終わりましたが、この貴重な体験があったからこそZenの明確な改良点が再認識されたという意味で有意義であったように想います。きっと、この刺激でZenはさらに進化するでしょう。

 今、囲碁のプロアマ世界戦は、韓国、中国がトップを走り、残念ながら日本は後塵を拝しています。台湾にも抜かれそうです。そんな中で、コンピュータ囲碁はZenが世界一になったということをどうとらえるかが重要と思います。碁ワールド6月号の特集では、Zenが強くなったのは尾島氏の努力と工夫によるところが大と書かれていますように、ここにも物造り日本の真骨頂があるように思います。また、尾島氏は「競合ソフトに後れを取らないように努力を続けていくだけであって、基本的には『ソフトvs人間』ではなく、『日本のソフトvs世界のソフト』という感覚です。人間との勝負は後から結果として付いてくるものと認識しています」と述べられています。これには痛く感動させられました。

 Zenが世界一をキープし続ければ日本の認知科学を元気づけ、その成果はロボット産業などを大いに元気づけるでしょう。某美人参議院議員の発言、「世界一でなければいけないんですか。2位ではダメなんですか」が記憶に新しいですが、コンピュータ囲碁も日本が世界一でなければならないと強く思います。人間の囲碁の世界戦を制覇するより、コンピュータ囲碁の世界戦を制覇する方がはるかに日本経済にとってプラスになります。そうなるための民・産学官の連携による世界戦略が望まれます。

 碁ワールド6月号の特集の中で、松原先生は「モンテカルロ法という統計的な手法だけで人間を越せるとは思えませんが、あと10年というのは研究を進める上で現実的な目標なのかと思っています」、伊藤先生も「人間を越すにはもう一つ二つのブレークスルーが必要な気がしています」と述べられています。是非、日本の認知科学とコンピュータ囲碁が10年というゴールのテープを切ってほしいと思います。囲碁は暗いというイメージがありますが、このように学術的にも、物造りの面でも世界一の挑戦が続けられていることが広く知れ渡れば、囲碁は明るいものであり学校教育にもっと採用されるようになると思います。

 視点を変えて、正に混沌としている複雑系の世の中で、囲碁をどのように展開していくかについては、当連盟に付随するシンクタンク「碁ルネッサンス」で検討が行われていますが、複雑さを打ち破るイノベーションの一つとしてZenの活躍に期待したいと思います。一方、囲碁のゲームそのものの中にも複雑系を導入する考えもあることを知って興味深く思いました。

 エンターテインメントと認知科学ステーションの三本の柱、『新しいエンターテイメント技術の創出』『エンターテイメントの認知・生理的データの計測』『エンターテイメントと社会との相互作用』がさらに進展すれば、コンピュータ囲碁はもっと強くりなり対局中「まいった!」、「難しい・・・」などとつぶやいたり、ペア碁もできるようになり、人間はコンピュータ囲碁が人格をもっているのではと錯覚するかもしれません。

 いずれにしても、今回のガチンコ対決では最先端の貴重な体験ができ、今後の囲碁がどうあるべきかを考えさせられました。この機会を与えてくださった伊藤先生に深く感謝いたします。

取材・編集梶原俊男(県囲碁連盟)